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近藤さんから土方さんがお見合いをすると聞いてから一週間以上経った。正確に何日経ったかなんてわからない。「土方さんがお見合いをする」ただその事をずっと考えていた。部屋で休んでいる時も買い物している時も親と喋っている時もご飯を食べている時も店の手伝いをしている時も。お陰で店の皿を何枚も犠牲にしてしまった。割って親に注意されている時も皿を片付けている時ですら私の頭の中は土方さんの事でいっぱいだった。それなのに土方さんは一向に店に来ようとはしなかった。土方さんだけではなく真選組の皆の姿をここ最近見ることはなかった。
「この辺りに辻斬が出るらしいよ」
店に来た常連さんのお客さんが話していた。団子を片手にひそひそと喋っていたお客さん達は怖いねぇ、夜遅くの独り歩きは危ねぇなと言っていたが私の方に振り返って「ちゃんも夜には気をつけな」と言ってくれた。
「大丈夫ですよ、夜に歩くなんて滅多にありませんし」
「そうかい?でもちゃんくらいの若い娘が狙われるらしいから気をつけなよ、用心に超したことはないから」
心配してくれるお客さんに嬉しくてニッコリ笑顔を返して店の奥に引っ込んだ。有り難いけれど皆心配しすぎだ。夜歩いたら辻斬に必ず会うわけでもないし私みたいな平々凡々な女狙う訳がない。なんて何の根拠もない理由を捏ねまた店先に立った。私は大丈夫。だって運は良い方の筈だ。
「、黄粉と小豆買ってきてくれない?これじゃあ明日の団子が作れないわ」
「何、無くなってたの?」
「気付かなかったわ、大丈夫?夜遅いけど・・・」
「大丈夫、スーパー近いからすぐ行って帰ってくる」
「じゃあお願いね」
母から頼まれた黄粉と小豆。これがないと店自慢の黄粉餅と餡ころ餅が作れない。この二つは人気商品だからないと売り上げに影響してしまうし、なによりお客さんが悲しんでしまう。財布を片手に深い夜に足を踏み出した。・・・暗い。街灯はついているけど切れかかっているのか薄暗い。てくてくと目的のスーパーまで歩くがやっぱり暗い。そして怖い。嫌だなぁ・・・寒いし暗いしで最悪だ。スーパーの明かりが見えたから小走りで店内に入る。さっさと買って帰ろう・・・。
ありがとうございましたーと店員の声を背にまた暗い夜道を歩き出した。最近のスーパーは24時間営業ですばらしいと思う。夜中に利用しようとはあまり思わないけれど。ああやっぱり暗い。家まであと5分くらい。いっその事走ってしまおうか。そんな事を考えていたら事件は起きた。
「女」
ん?と振り返ってみた。そこには目をぎらつかせた男がいつの間にか私の背後に立っていて私に向かって嫌らしい笑顔を見せた。
「トシ〜・・・」
「何だよ」
「団子が食べたい・・・」
「阿呆か、んな暇ねーだろーが」
「そうだけど〜・・・」
ちゃんとこの団子が食べたい〜・・・と駄々を捏ねる近藤さんにため息をついた。そういえば最近あの店にも行ってねーな・・・仕方ないか、今は頻繁に出没する辻斬に手一杯で朝から夜遅くまでパトロールの毎日だ。この辻斬は若い娘ばっかり狙って既に今月で六軒だ。いい加減何か成果をあげないと上から文句を言われる。・・・もう言われているが。そういや、にも会っていない。最後に会ったのいつだ?・・・思い出せない。思い出せない程に会ってねーって事か。しかも辻斬に加えて乗り気のしない見合いの話もある。嗚呼くそ、とっつぁんが勝手に了承するからだ。あの糞ジジイ。
「近藤さん、見回り行ってくっから」
「ん、ああ、もうそんな時間か・・・」
「近藤さんは休んでな。俺だけで行ってくる」
「いや、だが・・・」
「近藤さん朝から見回りしてんだろ、いいから休んでな」
「ああ・・・頼むよ」
じゃあ、と言って屯所の門を出た。時間は日付をとっくに越えている。辻斬はこの時間に出ると情報があったから周囲の気配に気をつけつつ歩く。気配を消し周りの気配を感じながら夜道を歩いていたらいつの間にかスーパー付近に着いていた。煌々と光る電気に目が眩みスーパーを背にまた歩いた。嗚呼タバコ吸いてぇな・・・。さて、分かれ道だ。右か左か、どっちに行くか。左だな、と左に足を踏み出した時、右から微かに音が聞こえた。
「えー、と。私ですか?」
「そうだ女。こんな夜遅くに何をしてる?」
「えーとお使い、です・・・」
「ご苦労な事だ」
「はあ・・・」
何だ私は何でこんな夜道に見ず知らずの人と世間話みたいな会話をしているんだ。明らか相手の男の人は怪しいしよく見たら帯刀してる。「この辺りに辻斬が出るらしいよ」昼間のお客さんの話を思い出して背筋がぞわりとした。早く帰りたい。走って逃げようか。じり、と後ろに下がったのに気付いた男はまたニヤリと笑って刀を鞘から取り出した。これはやばいかなりやばい。
「帰るのかい?」
「・・・」
「そうかい、それじゃあ」
男は一歩一歩確実に私に近付いてくる。私はというと恐怖のあまり一歩も動けなくてただ男が近付いてくるのを見ているしかなかった。
「気をつけて逝きな!」
私は相当運が悪いみたいだ。
右からした微かな物音に意識を集中する。何だ?野良猫かなんかか?それとも―――
「!」
途端に殺気が流れ込んでくる。くそっ、当たりかよ!という事は今まさに辻斬に殺されそうになっている奴がいるってことか!右の道に入り少し走ったら刀を振り上げる男と恐怖のあまり動けない女がいた。女の顔を見たとき背筋に悪寒が走った。まさか、まさか―――
「!」
嗚呼私の一生もここまでか。土方さんに最後に会いたかったな・・・。とこれから来るであろう痛みに目を閉じていたら土方さんの声が聞こえた。最後まで土方さんの事考えてたから幻聴まで聞こえてくるなんて・・・でもよかったかも。・・・あれ?痛くない・・・。びくびくと目をあけてみたら目の前には黒が飛び込んで来た。・・・黒?
「テメェ・・・真選組屯所の近くで舐めた真似してくれんじゃねぇか・・・」
土方さん。土方さんがいる。あれ、夢?なんて思っていたら辻斬は逃げたみたいだった。
「土方さん追わないんですか?」
「屯所に連絡したから大丈夫だろ。・・・おまえは?」
「はい?」
「大丈夫なのかって言ってんだよ」
今更だけど安心したのか急に足ががくがくして来て力が抜けそうになった。そうだ私今殺されそうになってたんだ。土方さんが来てくれてなかったら私・・・。
「・・・もう大丈夫だ」
目の前が真っ黒になって背中に遠慮がちに添えられた手の温もりに涙が出た。
こうして抱き合うことさえも許されない
(ずっとこの温もりに包まれていたい)