「なァさん、知ってやすか?」
「何をです」
「桜の下には死体が埋まってるって話」
「知ってますよ、死体の血を吸って花びらが赤くなる話でしょう?」

さすがさんは博識だ、と言う沖田隊長の言葉に馬鹿にされた感が否めないが今このタイミングでこんな事を言い出すなんて不吉すぎる。

さん」
「なんですか」
「見てくだせェよ」

タオルを絞る手を止めて沖田隊長を見る。本当は見たくはなかった。何故かはわからないけど見たくなかったのだ。見たら絶望が見える気がしたから。

「あの木、」

そう言葉少なに言った沖田隊長はすらりと手を上げ、開いている障子の先にある桜を指差した。けれど私は示された桜よりも以前と比べて細くなってしまった沖田隊長の手首に目がいった。そんな私の不躾な視線に気付いた沖田隊長はさりげなく、とても自然に手を下ろした。そこで私はようやく庭に咲く桜を見た。

「いつ見ても立派な桜ですね」

その桜は沖田隊長の「今」の部屋の前に咲いていた。この部屋の障子を開けると桜が見えて、まるで障子が額縁のような役割を果たしていた。それほどに美しい桜なのだ。春にはこの部屋で近藤局長や土方副長、他の隊士たちで温かいお茶を啜りながらこの桜を愛でた。もちろん沖田隊長も。けれど春のこの季節、いつもならみんなが集まり桜を愛でるこの部屋には沖田隊長しかいない。桜を愛でる人も沖田隊長しかいない。沖田隊長の世話係を任されている私だって用が済んだらとっとと出ていけ、と土方副長と沖田隊長に言われている。

「ホントに綺麗でさァ、けれどおかしくやねェですか?」
「おかしい?」
「そう、おかしい所が一カ所」

そう言われてもおかしい所なんて思い付かない。去年と同じで堂々と咲いた桜の木。

「私にはわからないです」
「それなら教えてさしあげやしょう」

あの桜、去年どんな色をしていたか覚えていやすか?と言う沖田隊長の言葉を聞いて目を閉じて思い出そうとする。去年のこの時期、この部屋でみんなで桜を見た。それはそれは綺麗に色付いた桜だった。

「淡い綺麗なピンクでした」
「じゃあ、今の桜は?」

そんなの去年と同じじゃないのか、と思いつつ桜を見た。去年と同じ淡い綺麗なピンク、だと思ったのに。

「・・・白い」
「ほらねィ、おかしいでしょう」
「でも白い桜だってありますよ」
「そりゃあありやすがあの桜は去年ピンクだったんですよ、こりゃおかしい。でしょう?」
「まあ、確かに」
さんは、白い理由わかりやすかィ?」

わかるわけがない、そんな事木のお医者様でしかわからないに決まっている。けれど私は沖田隊長が考えている事、これから言わんとしている事がわかった。その事を私に切り出して欲しいと思っていることも。

「さあ、わかりませんね」

わかりたくもない、言いたくもないから私は言わなかった。それが伝わったのか沖田隊長は私を見て小さく微笑んだ。

「それじゃ、これも教えてさしあげやしょう」「白い理由」「何故か、」「さんにわからなくても俺にはわかるんでさァ」

沖田隊長は一人で喋った。私は何も言えなかった。言いたくない。言ったら認めてしまう事になるのだから。私は沖田隊長を見つめ続けた。沖田隊長も私を見た。

「もう吸い取る血がないんでさァ、あの桜には」

そう言って沖田隊長はくつくつと笑った。今すぐこの部屋から逃げだしたいと思った。聞きたくない。

「おきた、たいちょう」
さん、一つ頼まれ事してくんねェかィ」
「・・・」

沈黙を肯定だと受け取ったのか沖田隊長はありがとうごぜェやす、と言って話を続けた。嫌だと言いたいのに声が出て来なかった。

「俺が死んだら、」
「たい、ちょ」
「あの桜の木の下に埋めてくれねェですか」
「や・・・、」
「あの桜が綺麗に色付くように」


絶望が見えた気がした。




存在の証

(沖田隊長、貴方が死んだらあの桜を愛でる人はいないんじゃないでしょうか)(貴方を思い出して苦しくなるだけです)